時は学生時代、心のわだかまりを少しでも和らげようとハワイはオアフ島へ飛んだときのことだ。幸いにも香港留学中に知り合ったハワイ出身の香港系アメリカ人宅で2週間お世話になった。また、隣には日系二世の白木という老夫婦が住んでいらした。

以前フィリピンでの話しだが、「派手な格好をした日本の若者達が太平洋戦争の激戦地であったともしらず、はしゃぎ合い、ピースサインで記念写真を撮っていた」と、ある現地の方が私に嘆いたことがある。続けざまに彼は、「日本の教育者や親は、日本の若人に対し、一体何を教え、若人は何を教わってきているのか」と、あまりに近代史に無関心な日本人を総称して「不道徳な国民」と言い放った。

この日を境に、日本人とは何なんだろうという疑問に駆られ、はたまた第二次世界大戦、太平洋戦争で日本人は何をしたのか、戦渦の諸外国にいた日本人(日系人)はどうしていたのかなど、興味を抱かずにはいられなくなった。

ここでは、当時白木ご夫妻から伺った話をもとに、日本人について考えたことを述べます。白木ご夫妻は1941年3月、つまり真珠湾攻撃が開始される9ヶ月前にハワイでご結婚された。ご夫妻のお子様である3世やお孫様である4世の方々は、より優れた教育環境を求め米国本土へ留学していた。1世からの影響を多分に受けたご夫妻とは違い、お子様やお孫様の日本語離れに対し、深い寂しさを隠しきれない様子であった。

1世の方々が米国への移民前に育った日本の経済や生活水準は、不安定で、貧困の極地であったらしい。彼らを米国やハワイへと掻き立てたのは、当時経済大国アメリカへ行けば、比較的短期間で多額の財が成せるという風潮が飛び交ったなか、何よりも異国の地へのロマン、そしてチャレンジ精神がそうさせたのだという。
日本人出稼ぎ(開拓移民又は経済移民と呼ぶのが相応しい?)のルーツは、古くは明治元年にまで遡り、ハワイから始まって、米国本土、ブラジルを中心とした南米、中国東北部(いわゆる旧満州国)へと変遷していった。

日本に住む私達の中に、外国人出稼ぎ労働者に対して、時に差別的な態度で接してしまうケースを聞くが、当時出稼ぎに赴かれた日本人の方々も、諸外国で差別的境遇を受けられたと聞く。この当時の日本人出稼ぎの特徴は、一時現地で働き、いずれは親族のいる日本へ帰るというものであったらしい。そういえばロサンゼルスに20年以上在住の日本人に最近聞いた話だが、リトル東京の活気は年々縮小しているらしい。その考えられる理由として彼は「日本人の大半は、相互に補完し合あって行くというより、基本的にお互いが不干渉で、ある意味で相手を蔑むことに心の安堵感を見出していることが多いのでは」と言っていたことを思い出した。                                                                                                     出展:移民の世紀

一方、中国人(特に広東系、福建系の人々)の場合、彼らは出稼ぎ地へ赴きその土地に根付いてしまう。いわゆる華僑、華人と呼ばれる人たちである。大小あれど財を成した成功者が比較的多いのがこのひとたちと聞く。世界の主要な都市にチャイナタウンがあるように、彼らは移民当初から商用環境の中で補完し合い、こつこつと商用ネットワークを作り、現在でも拡大し続けている。

ハワイでは、財を成したらいずれ帰国してしまう日本人より、財が少なくてもその土地に根付き地道に働く中国人の方が好まれた。既にそのころには反日感情が存在していたが、それが頂点に達したのは、一時的経済移民が押し寄せる最中、真珠湾攻撃が行われたためであろう。
白木おば様が語ってくれた話で、最も心を打たれたのは、第二次世界大戦時の彼女のお母様(1世)の話だった。その当時彼女のお父様は日本に帰国しており、お兄様は米軍兵に混じりイタリアへ出兵し足を銃で撃たれ入院、白木おば様はお母様と米国本土にいらした。当時のお母様のとても寂しい姿が忘れられないと言う。米国(連合国)が勝利したのを知った周囲の人々(一部の日本人・日系人も含め)は、酒や踊りでドンちゃん騒ぎをして大喜びしたそうだ。
しかしながらお母様だけは、日々ただ悲嘆に暮れていたそうだ。そのような心情は、家族の安否を気遣う母心と、日本が敗退したという余韻とが混沌となって起きたむしろ自然なものであると感じます。
出展:Pacific Resort Hawaii

翌日、アリゾナ・メモリアル・センターを訪れた。戦艦アリゾナ号が眠る地点をボートで観覧する前に、シアターで10分程度のドキュメンタリー映画を上映する。太平洋戦争の生々しい実写がたくさん取り込まれており、いやな気持ちにさせられた。大東亜共栄圏という構想をもとに関わった人々は、まぎれもなく日本人であり、どんな理由があったにせよ甚大なご迷惑をおかけした諸国の人々に対しては、日本国政府としても日本国民としても事実を認め、謝罪することは大事なことだ。日本国民として歴史(特に近代史)を正しく学ぶことを絶対に怠ってはならない。

最後に、わかってほしいのは、日本人イコール放漫かつ残虐な人種ではなく、戦争(逸脱状態)というのは、人間としての特有の良心を往々にして奪っていくものだということです。