XAYMACA
秋田県とほぼ同じ大きさのジャマイカは、日本と同じ島国です。島中央部に標高2256bを最高峰とするブルーマウンテン山脈が連なっています。
いつも霧に覆われた山はジャマイカの水源であり、かつてこの島に住んでいたタイノ族は、この島を「ザイマカXAYMACA[木と水の大地の意]と呼んでいたそうです。
2010年私が訪れた時も毎日霧に覆われていました。
国鳥 Doctor Bird

AFRICAN WORKERS
1494年5月コロンブスがジャマイカに到着して以降、スペイン全盛時代を迎えるのは1538年。各地にサトウキビプランテーションが作られその労働力としてアフリカから沢山の人々が連れてこられた。
1655年英国がスペインに代わり更に多くのアフリカの人々を連れてきたことで、18世紀後半には約2万人の欧州人に対し約38万人のアフリカの人達がいたという。
1962年英国植民地から独立し英連邦に属する立憲君主国となっている。

REGGAE
この国ではレゲエという独特なリズムを生みだしているがこれは米国のリズム&ブルースにアフリカのリズムが加わったアップテンポの“スカ”からちょっとスローダウンした“ロック・ステディ”を経て、キングストンのスラム街の不良少年によって完成されたものとして知られている。
ボブ・マ―リー博物館

UCC COFFEE
キングストン空港から北へ山道を延々35`走るとUCCコーヒー・クレイトン・エステートがある。英国統治時代のジャマイカ総督の別邸であったが、1981年ジャマイカ政府が外資導入策の一環で売りに出した際に、UCCが購入した。標高800〜900bに位置するブルーマウンテンコーヒー農園となっており、8〜12月が収穫時期である。日本へ輸出される焙煎されたブルーマウンテンコーヒーは85%にあたるようです。


CRYSTAL EDGE & CAFE BLUE
美しい南国の花々が咲き乱れやマンゴーの実が溢れだしているアイリッシュタウンには、クリスタルエッジ(レストラン)とカフェ・ブルー(喫茶店)があり、ここは
UCCコーヒー農園に向かう途中の山道脇に立地しています。
名物メニューの1つであるジャマイカンスパイスを効かせたカリーゴート(ヤギ肉のカレーライス)を頼みました。皿の脇には蒸して乾燥させたバナナの実とキャベツ炒めが添えられている。全く違和感のない味で美味しくいただけました。食後はカフェ・ブルーへ移動し極上の本場ブルーマウンテンを飲み干しました。


STRAWBERRY HILLS
宿泊先はUCCコーヒー農園の手前、アイリッシュタウンの標高945bに位置するコテージ型ホテルストロベリーヒルズを選びました。全ての部屋はコテージ型+充実したベランダが付、私の部屋のベランダからはキングストン市内+カリブ海が一望出来ました。夜になると市内の灯りが輝き、朝は朝靄の中に遥かカリブ海が浮かび、こんな贅沢な景色は味わったことがなく心が震える程でした。ここで働く人たちは皆気さくで明るかった。
{ホテルの歴史}
1780年代 英国王室の所有物、ワルポア一族の所有物としてワルポア音楽家達や貴族階級の会合場所として有名な場所でもあった。コーヒーや苺等の作物を育てる。
1790年代 海軍病棟として使用される。多くの外国の高僧、英国海軍提督ネルソン、ワルポア親族が訪問している。
1890年代 医師ジョージ・グレイスにより買収され、拡張・改装される。
1930年代 ビル・カ―ギルが買収、コーヒーと苺の栽培を継続。
1940年代 カ―ギルはダコスタ家へ売却。ダコスタ家は桃、アスパラガス、プラム、ラズベリーの栽培をする。日曜日の紅茶の慣習を始める。
1972年代 アイランドレコード設立者であるクリス・ブラックウェルへ売却される。70〜80年代は有名なエンターテイナーや音楽家がここを訪れている。
      ローリングストーンズ、ボブマリー等。
1986年代 公衆向けレストランをオープンし、建築様式において国家遺産賞受賞。
1988年代 ハリケーン・ギルバートにより建て屋は壊滅状態に。
1991年代 有志が募り再建される。
1994年代 11月ホテルとしてストロベリーヒルズオープン。

出展:ストロベリーヒルズ